■建学の精神 〜白梅の花実両全=教養と気品〜

 本学では、建学の精神を「白梅」に託しその象徴とする。
 寒苦風雪に耐え、百花に魁て花を開き、馥郁たる香を漂わせ、やがて立派な実を結ぶ。
 花も咲き実もある「花実両全」の姿を本学の教育の理想とする。

【建学の精神・教育理念の生まれた背景】
本学の母体である学校法人霞ヶ浦学園は昭和21年に発足し、戦後の混乱期に国家再建の道は教育にあり、特に、将来妻となり母となる女子の教育こそ急務であるという固い信念のもとに塚半衛によって土浦第一女子高等学校が創設された。
戦後社会の発展とともに、高等教育が普及し、女子教育についても、さらに高度なものが要求されるようになり、昭和41年その伝統と精神をもとにつくば国際短期大学の前身である土浦短期大学を開設した。
開祖初代学長塚半衛は生物学に造詣が深く、霞ヶ浦における魚類新種の発見 など顕著な研究活動でその名声を挙げたほか草木の中で特に「白梅」をこよなく 愛し、心のよりどころとして尊重し当学園の理念を白梅に重ねた。
2代目学長塚千秀は、建学の精神・教育の理念の昂揚に努め、本学の揺ぎ無 い基礎作りに没頭し、昭和44年に自ら作詞して「霞ヶ浦学園歌」を制定し、「白 梅」の精神の顕現化に尽力した。
3代目学長塚静江は、建学の精神・教育の理念をふまえた各学科の教育目標 を定め、急激な社会の変化に着実に対応して改組・改編の進む本学各学科の教育 活動に、建学の精神等の具現化を織り込むように努め、 平成9年にはつくば国際短期大学と名称変更し、平成13年から男女共学として 男女共同参画社会に寄与することとした。 さらに、変化が著しい科学、情報、国際時代に対応すべく教育の理念を進化・充実さ せるため、「国際性・社会性・実用性」を重視した教育の推進を目指し、その姿勢は現学長塚千史に継承され現在至っている。
■沿  革
昭和 21 4 高等女学校令により「土浦第一高等女学校」を開校
昭和 25 3 学制改革により「霞ヶ浦女子高等学校(普通科・家政科)」と改編
昭和 26 3 財団法人霞ケ浦学園を「学校法人霞ケ浦学園」に改編
昭和 27 2 霞ヶ浦女子高等学校を「土浦第一女子高等学校」と名称変更
昭和 33 4 土浦第一女子高等学校に商業科を設置
昭和 41 4 「土浦短期大学(保育科・国文科)」を開学
昭和 42 4 土浦短期大学に家政科(食物栄養専攻・家政専攻)を設置
昭和 43 3 土浦短期大学家政科に食物栄養専攻・家政専攻を設置
昭和 46 4 土浦第一女子高等学校に衛生看護科を設置
昭和 51 10 土浦第一女子高等学校創立30周年記念式典を挙行
土浦短期大学創立10周年記念式典を挙行
平成 4 土浦短期大学に留学生別科日本語研修過程を設置
平成 6 4 「つくば国際大学(産業社会学部‐産業情報学科・社会福祉学科)」を開学
平成 8 4 土浦短期大学家政科を生活科学科(食物栄養専攻・生活科学専攻)に改編
平成 9 4 土浦短期大学を「つくば国際短期大学」と名称変更
平成 10 4 土浦第一女子高等学校を「つくば国際高等学校(土浦校舎)」と名称変更
「つくば国際大学高等学校(千代田校舎)※男女共学」を開校
平成 11 4 つくば国際短期大学国文科を日本語コミュニケーション学科に改編
平成 12 4 「つくば国際短期大学附属幼稚園」を開園
平成 13 4 「つくば国際保育園」を開園
つくば国際短期大学生活科学科を人間生活学科(食物栄養専攻・人間福祉専攻)に改編 ※男女共学化
平成 15 4 つくば国際大学高等学校(土浦校舎)、男女共学化
平成 16 4 つくば国際短期大学に看護科を設置
平成 17 4 つくば国際短期大学人間生活学科食物栄養専攻を健康栄養専攻と名称変更
平成 19 4 つくば国際大学に医療保健学部(理学療法学科・看護学科)を設置
「つくば国際百合ヶ丘保育園」を開園
平成 21 4 「つくば国際大学東風高等学校」を開校 ※旧つくば国際大学高等学校(千代田校舎)
「つくば国際松並保育園」を開園
つくば国際大学医療保健学部に保健栄養学科を設置
つくば国際大学高等学校商業科・衛生看護科を廃止
平成 22 4 つくば国際大学産業社会学部産業情報学科をメディア社会学科に改編
「つくば国際大学東風小学校」を開校
平成 24 4 「つくば国際白梅保育園」を開園
平成 25 4 つくば国際大学医療保健学部に診療放射線学科を設置
平成 26 4 つくば国際大学医療保健学部に臨床検査学科を開設
つくば国際はるかぜ保育園を開設
平成 27 7 本部事務所を土浦市真鍋六丁目20番2号に移転
平成 28 4 つくば国際大学医療保健学部に医療技術学科を開設
平成 29 3 つくば国際大学産業社会学部のメディア社会学科をメディア社会学科を廃止
■学園の構成